FPTが進めるAI開発の新たな拠点クイニョンにおける取り組みを取材いただきました。

※本記事は日経 xTECH Special「DXパートナーに変貌を遂げたFPT」に掲載されたものを転載したものです

 

ベトナム中南部にあるビンディン省の省都クイニョン市。人口が50万人の港湾都市で、ハノイやホーチミンといった国内の大都市と陸路、鉄道および空路でつながる。南シナ海に面した美しいビーチが数多くある同市は、近年観光ホテルの開業が続くなど、リゾート開発が進んでいる。

ベトナムのビーチリゾートといえば、日本人の間ではダナンが有名だ。ダナンは首都ハノイ、商都ホーチミンに次ぐ第三の都市だ。クイニョンはダナンに比べると知名度は低く、リゾート開発でも後れを取る。

そんなクイニョンで、IT企業と地元政府、および大学が一丸となって取り組むプロジェクトがある。AI(人工知能)人材の育成と社会課題やビジネスの現場における活用で世界最先端を目指す、いわば「AIシティー」に向けた取り組みだ。

IT企業としてプロジェクトを率いるのは、ベトナムIT最大手のFPTソフトウェア(以下、FPT)だ。同社はベトナムの内外でAI人材の育成に力を入れている。クイニョンにはベトナム最大規模を誇るAIの研究・開発施設「FPTクイニョンAIセンター」を2020年8月に設立した。

 

ヴ・ホン・チェン
FPTクイニョンAIセンター
センター長
ヴ・ホン・チェン

 

現在、センターに在籍する人材は計500人だ。これを2025年までに2500人に増やす計画だ。実に5倍増である。達成した際には、東南アジア諸国連合(ASEAN)で最大規模のAI関連拠点になるという。

チェン氏は「将来的には世界のトップ5と言われる施設にしたい」と意気込む。目標に向けて、米グーグルの研究部門である「Google Research」など、国外の様々な研究機関との提携を進めている最中だという。

FPTソフトウェアの親会社にあたるFPTコーポレーションのチュオン・ザー・ビン会長は「自社拠点の拡充はもちろん、世界中のIT企業に研究開発拠点の設置を呼びかけ、クイニョンを世界のAIハブにしたい。そのためにAI人材を集積させていく」と力を込める。AIシティーの中心で、企業の拠点や大学、人材をつなぐ「ハブ」としての役割を担う考えだ。

 

クイニョン開発センター

 

AIの開発拠点として多くのヒット製品を生む

FPTはAIセンターを作る前からクイニョンに拠点を設け、AIの開発と応用のビジネスを手掛けてきた。特に、医療と教育分野では開発した多くの製品が実用化しているという。

例えば医療分野では、皮膚科の医師をサポートするAIがある。皮膚をカメラで撮影し、問題がある場合はその症状の度合いを自動で判定する。ベトナムでは設備が整っていない病院が多く、診察の多くを医師が目視で行うために、誤診や見落としがよく起こるという。皮膚科向けサポートAIは、そういったミスを防ぐための製品だ。

教育分野の製品としては、「akaCam」という名称のサービスを生み出した。カメラと組み合わせて使うソフトであり、教室内での生徒の振る舞いを自動で検知できる。

生徒が授業に出席しているかを確認できるほか、危険な行為をしていないかをチェックすることも可能だ。危険を検知すると教師に通知する。既に一部の学校で使われはじめており、将来的にはベトナム全土の学校に広げていく計画だという。akaCamはFPTが提供する新IT製品群「akaSuite(アカスイート)」の1つだ。

オンライン授業で利用するAIも開発している。学生のPCで稼働させ、オンライン授業を受けている様子をトラッキングし、集中度合いを判定する。学生が別画面を開いて授業と関係のない動画などを視聴していると、その表情などから「集中していない」と自動で判断し、学校側に知らせる。プライバシー保護のため、学生が授業中に何をしていたかを具体的に通知することはしないという。

将来はクイニョンで開発したAI製品やサービスを日本や米国、カナダなど、国外にも提供していく。既に大手日系自動車メーカーとのプロジェクトが動いているという。過去に使用したデザインデータをデジタル化し、検索しやすくするシステムの開発だ。

 

クイニョン開発センターの従業員

 

「借り物」のAIでは、真の社会課題解決ができない

ここまで産業界における取り組みを紹介してきたが、クイニョンのAI人材育成に関するもう1つの特徴は、大学教育の充実だ。AI、データサイエンスや数学の分野で有名な大学が3つあり、中でも最大規模を誇っているのがクイニョン大学である。

 

グエン・ゴック・クオック・トゥオン
クイニョン大学
教授
グエン・ゴック・クオック・トゥオン氏

 

クイニョン大はAI、データサイエンス、応用数学、情報技術やソフトウェア工学分野の卒業生を年250~300人輩出している。FPTをはじめとした様々なIT企業への人材供給源となっている。教育内容に魅力を感じた周辺都市の学生の受験が増えているため、クイニョン大は今後5年間でAIやデータサイエンス専攻の学生を大幅に拡大する計画だ。

AIや、それを活用するためのデータサイエンスを身に付ける場合、数学や統計学の勉強が欠かせない。クイニョン大ではこの2分野に注力し、欧米や日本、韓国などで教育を受けた実績を持つ研究者を学生の指導を目的に招いている。

それと連携し「AIを使った社会課題の解決」を使命として掲げている。同大のトゥオン教授は「渋滞解消のためのスマート交通、スマートシティや工業・医療分野での自動化が特に期待されている」と話す。

現在、世界のIT大手が各国でAIの研究に取りかかっている。AIを使ったソリューションも増えつつある。このような既製のAIを流用した方が、自ら開発するよりも、安く早く実績を得ることができのではないだろうか。このような質問をすると、トゥオン教授は次のように力を込めた。

 

「海外製のAIをそのまま持ってきても、うまくいかない。商習慣などが違うからだ。AIは読み込ませるデータによって振る舞いが変わる。データの内容は、商習慣や人々の暮らし方、文化などに依存する。AIによる社会課題の解決を本気で目指すなら、AIは自分たちで開発しなければならない」。

今後は海外大学との人材交流や、海外企業との共同開発など、国外での提携も増やしていきたい考えだ。トゥオン教授は「産学でクイニョンのAIを発展させ、『ベトナムのシリコンバレー』と呼ばれるくらいに成長させたい」と意気込む。「日本の大学ともぜひ連携、協力していきたい」とラブコールを送る。

 

クイニョン大学